b.肥満細胞腫

2024年1月 7日 日曜日

フレンチブルの臀部に発生した皮膚肥満細胞腫グレードⅢ       の分子標的薬を使用した長期管理



8歳オスのフレンチブルドッグの左臀部に急速増大したしこりを外科切除し、病理検査の結果は皮膚肥満細胞腫グレードⅢであったと来院されました。今回は腫瘍の相談と術後化学療法を希望されています。

犬の皮膚肥満細胞腫は犬の皮膚に最も多く発生する悪性腫瘍であり、グレードⅠ~Ⅲまで悪性度の分類がされています。悪性度の低いグレードⅠの肥満細胞腫はパグやレトリバーなどの犬種に好発し、外科切除により治すことが可能です。一方、グレードⅢの肥満細胞腫は外科切除のみでのコントロールは難しく、再発や転移により早期に亡くなる可能性が高いとされています。
今回の病理検査結果では悪性度(グレード)判定はPatnaik分類ではグレードⅢで、1500日生存率は6%(グレードⅠでは83%)、Kiupel分類では高グレードで、生存期間の中央値は3.7か月と予後予測されました。

そこで術後の補助的化学療法として、イマチニブによる分子標的療法を計画しました。

1日1回のイマチニブとステロイド、抗ヒスタミン剤、H2ブロッカーの服用を始めて1か月ほどで頻回の嘔吐を認め、イマチニブを1日おきの投与に減薬しました。外科手術から1-2か月の間認められた術創近くの赤いふくらみは徐々に目立たなくなりました。その後、調子は安定し投薬開始より3か月目にステロイドを低用量に減薬しました。

現在、再発や転移もなく治療開始より2年が過ぎました。好中球減少に注意しながら治療を継続中です。

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2022年1月30日 日曜日

いぬのきもち2月号の記事を監修しました 犬皮膚肥満細胞腫


いぬのきもち2月号の監修をいたしました。
今回のテーマは皮膚肥満細胞腫。犬の皮膚に最も多く発生する悪性腫瘍です。


肥満細胞って何なの?と言うところから、飼い主さんが気付きやすいポイントを書き出しました。
しこりの細胞診をすることで診断が付きます。
治療法の基本は外科切除ですが、治療が困難な高グレード肥満細胞腫に対する分子標的療法についても記載しました。

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2019年1月28日 月曜日

日本獣医がん学会(大阪)に参加してきました           犬と猫の肥満細胞腫 分子標的薬


昨日は休診させていただき、大阪で開催された日本獣医がん学会に参加してきました。

今回のメインテーマは肥満細胞腫。
犬や猫では最も多く遭遇する腫瘍のひとつですので、がん学会でも何年かに一度は特集を組まれます。

肥満細胞腫の治療は、切除が可能なら外科切除が第一選択の治療となるのは今も昔も変わりません。

今回は切除不能な肥満細胞腫や全身に播種する悪性度の高い肥満細胞腫に対する治療について、分子標的薬を含めた化学療法の最新情報をブラッシュアップしてきました。
明日からの診療に活かしたいと思います。

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2015年2月24日 火曜日

パグの多発型肥満細胞腫へのステロイド、外科、光線温熱療法の併用

症例は12歳齢のパグ。左後肢の指にしこりができたことに気付きました。
8日前に健康診断を行った時にはしこりは存在しませんでした。
しこりは左後肢第2指の内側にΦ1.5×1.0㎝で存在し、軟らかくやや赤みを帯びていました。


細胞診を行うと細胞質に顆粒を豊富に含む肥満細胞がたくさん採取され、肥満細胞腫と診断しました。
細胞診後は針の刺入部からの出血が止まりにくく、顆粒による副腫瘍症候群のひとつであるダリエ兆候を認めました。
このワンちゃんは過去にも3回肥満細胞腫の切除手術を行っており、多発型の肥満細胞腫の新病変が発生したと考えられました。
治療の基本は外科的な拡大切除ですが、大きく切除するには断指術などが必要であると考えられました。
パグは肥満細胞腫の好発犬種であり多発型も多いのですが、腫瘍の悪性度(グレード)は低い事が多く、実際に過去3回の肥満細胞腫はグレードⅠ‐Ⅱ、グレードⅠ、グレードⅠであり、局所再発や転移はありません。今回の発生も再発ではなく新病変であると考えられました。

そこでまずはステロイドで内科的に縮小を狙うこととしました。


2週間後の再診時には指の肥満細胞腫の軟化・縮小傾向が認められました。
しかし肛門の左下、会陰部に新病変が出現し、細胞診で肥満細胞腫である事を確認しました。
会陰部 の肥満細胞腫に関してはステロイドを服用している間での出現であることから、ステロイドの継続による縮小は望めないと考えられ、外科拡大切除を予定しました。

縮小した指の肥満細胞腫に関しては機能を温存しながらの対症的な辺縁切除で病理検査を行うこととしました。


辺縁切除をした指の肥満細胞腫はグレードⅠと診断され、切除マージンにも腫瘍細胞が認められました。
切除創の縫合後の機能障害はなく、歩行も可能でした。



会陰部の肥満細胞腫はグレードⅡと診断され、切除した組織の中にもう一つ小さな肥満細胞腫が存在していました。


指の術創は術前より腫瘍細胞が残存することを想定し、術中に光感受性の色素剤(インドシアニングリーン)を散布し、手術翌日にレーザー光による光線温熱療法を行いました。
温熱療法は正常組織と腫瘍細胞の耐熱能の違いを利用した治療法で、色素剤の付着した部位は効果的に温度が上昇し、マージン部の腫瘍細胞にターゲットとしました。
また、術創へのレーザー照射による癒合促進と疼痛軽減の効果も狙いました。

術後1カ月の再診時、指の術創に再発はなく、歩行も良好でした。

会陰部の術創も再発はなく、排便排尿も正常にできました。

術後2カ月現在、定期検診で経過観察中です。

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2014年7月12日 土曜日

切除困難な犬の肥満細胞腫グレードⅡへのイマチニブの効果


11歳の柴犬 オス(去勢済み)
3年前に左眼の結膜炎に気付いた。左眼外眼角の結膜は充血し腫脹していた。抗生物質とステロイドの合剤である眼軟膏の塗布で改善傾向が見られた。その後も時々同部位が腫れることがあり、同様に眼軟膏の塗布で改善していた。

発見から約1年が過ぎたころにはしこりはφ0.7cm大で、眼軟膏を付けても縮小しなくなっていた。時々引っ掻いて出血することもあり、外科切除をすることにした。

術後の経過は良好であったが、病理検査結果は肥満細胞腫グレードⅡであった。検査結果のコメントを見ると悪性度が強くグレードⅢに近いと記載されていた。
犬の肥満細胞腫はすべて悪性であるが、悪性度(グレード)がⅠ~Ⅲに分類されている。比較的悪性度の低いグレードⅠでは外科切除により完治する可能性もあるが、グレードⅡでは再発率は44%。4年生存率は45%と報告されている。グレードⅢに近い本例では予後は更に悪い事が予想された。


術後2週間目に抜糸をした。創はきれいに癒合していたが、残存する腫瘍細胞から早期に再発してくることが予想された。眼球摘出を含む拡大切除も選択肢としてお勧めしたが、希望により術後の補助的化学療法を行うこととした。


術後4週目には術創部は分からないほどに落ち着き、再発も認めなかった。
犬の肥満細胞腫で標準的なビンブラスチンとプレドニゾロンによる化学療法を6カ月間行った。
治療中は再発を認めず、問題となる様な副作用も起こらなかった。

術後8カ月半で同じ部位に局所再発を認める。腫瘤は眼結膜だけでなく外眼角皮膚面にも存在していた。

再びステロイドの眼軟膏を使用したが増大傾向が認められ、手術から1年経った時点で分子標的療法を試すこととした。

一部の肥満細胞腫においてc-KIT遺伝子に変異が認められる。変異の認められる肥満細胞腫に対して分子標的薬であるイマチニブが効果を示す。遺伝子の変異が認められる割合はグレード(悪性度)が増すほど高く、今回はグレードⅢに近いグレードⅡということで期待が持てた。

分子標的薬であるイマチニブの治療を開始し、1週後には目やにが軽減し、2週後には肥満細胞腫の縮小を認めた。分子標的療法開始より1ヶ月後にはしこりは分からない程度に縮小した。その間に嘔吐などの副作用はなく血液検査での変化も認めなかった。

その後イマチニブの投与を1日おきとして継続した。分子標的療法開始5カ月目にはイマチニブの投与を3日に一度とした。しこりを発見してから3年、肥満細胞腫切除手術後1年9カ月、分子標的療法開始より9カ月現在、一般状態良好で肥満細胞腫は肉眼上確認しない。現在も4日に一度イマチニブの投与を継続している。

切除困難な広範囲の肥満細胞腫や、今まで長期維持が困難であったグレードⅡやⅢの肥満細胞腫でも分子標的薬により制御できる可能性がある。

分子標的療法は次世代の化学療法として人でも期待されている治療であり、犬では現在のところ肥満細胞腫、GISTなどでのイマチニブの効果が報告されている。

細胞の腫瘍化、増殖には分子レベルでの遺伝子異常が関連している。分子標的療法は変異を起こした分子をターゲットに作用する薬であるために、従来の抗がん剤に比べ効果が高く副作用が少ないのが特徴である。しかし、特定部位に変異が起こってない腫瘍には効果はなく、薬の値段が高い事が難点である。


本日、ワクチン接種に来院しました。調子良好です。

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